青木常雄『新英文解釈』

 

By  literature we mean the written thoughts and feelings of intelligent men and women arranged in a way which will give pleasure to the reader. Literature has to do, therefore, so far as its subject goes, with all the things about which we learn, and think and feel. As to its form, it has two large divisionsーone of which is called Prose Literature and the other Poeticsl Literature.

 

一応一通りの意味が解らないのでは、折角後で述べることも徹底しないと思うので、先ず若干の注と試訳とを与える。

〔語訳〕By literature we mean ー 定義を述べる時のformula(決まり文句)の一つ。intelligent = endowed with faculty of understanding, with reasoning power.「理解力あるいは推理力を附与された」というのであるから要するに「知性のある」位の意味。arranged in a way ー 前にwhich are を補って考える。has to do with ー 関係を持つ。so far as its subject goes ー 主題に関する限り。so far as ~ goesも定まった言い方。as to = with reference to, concerning.

〔試訳〕「文学とは、読者に喜びを与える方法が整理された、知性のある男女の、書かれた思想感情を意味する。文学は、それ故に、その主題に関する限り、我々が学び考え、そして感ずる全ての事柄に関係を持つ。その形式は、大きく二つに分類されるー一つは散文であり、他の一つは詩である。」

 英語は、確かに教師が大切で、幼少の時から英文学に精通した教師であるべきだと思う。また、読むものは、英字新聞を少なく、文学書を多く読むべきだと思う。

タキトゥス『ゲルマーニア』

 

Germania omnis a Gallis Raetisque et Pannoniis

ゲルマーニア(古代ドイツ)は、全体的に、ガッリア人、ラェテリア人、パンノニア人からは、

Germania ゲルマーニア(古代ドイツ)は omnis 全体的に a ~からは Gallis ガッリア人 Raetisque ラェテリア人 et ~とPannoniis パンノニア

 

Rheno et Danubio fluminibus,

レーヌス河とダーヌウィウス河によって(分離され)、

Rheno  レーヌス et ~と Danubio ダーヌウィウス fluminibus 河によって 

 

『考え方』

 

英文和訳 Next to golf there is perhaps no pleasure, between men, than pointing out what is wrong ー wrong not only in the Government, which of course is perpetually vulnerable, but in social life.

河村重治郎『新クラウン英文解釈』について

河村重治郎の『新クラウン英文解釈』は、とても上手に訳され、方法論的にも素晴らしいと思う。読み方は通訳の仕方によっているようだが、訳文と方法論は他の書籍では見たことがないと思う。何かの書籍によっているのだろうと予測はたつが、なかなか見つからない。

英語は、なかなか難しいので、よい参考書が欲しいものである。誤訳や不適切なことが書かれてあるものは、使用すべきではないと思う。

 

                           

南日恒太郎著 神田乃武校閲『英文解釈法』

966. The more important of these advances in science and the arts are not the mere improvements upon, or extensions of, anything that had been done before, but are entirely new departures, arising out of our increasing knowledge of and command over the forces of the universe.                                                        Wallace.

学術及び芸術に於けるこれ等幾多の進歩のうち、その重要なものに至ってはただ徒に前人の成した所を改良、若しくは拡張したものではなく、全くの新機軸で吾人が宇宙の天然力に対する知識及び支配の増進より来たものである。

南日恒太郎の訳は少しこなれてはいない感があるが、よく難解な英文を上手に訳していると思われる。c

小林清一・安藤貞雄『作家別 英米現代文の新研究』 

小林清一・安藤貞雄の『作家別英米現代文の研究』は、よく出来ていると思う。[注][訳][研究]皆、学を伺うに足る。

HILAIRE BELLOC(1870-1953)

 At this season a sky which is of so delicate and faint a blue as to contain something of gentle mockery, and certainly more of tenderness, presides at the fall of leaves. There is no air, no breath at all. The leaves are so light that they sildle on their going downward, hesitating in that which is not void to them, and touching at last so imperceptibly the earth with which they are to mingle, that the gesture is much gentler than a salutation, and even more discreet than a discreet than a discreet caress.

 They make a little sound, less than the least of sounds. No bird at night in the marshes rustles so slightly ; no man, though men are the subtlest of living beings, put so evanescent a stress upon their sacred whispers or their prayers. The leaves are hardly heard, but they are heard just so much that men also, who are destined at the end to grow glorious and to die, look up and hear them falling.

            ーHills and the Sea(1906)

 [注] this season , i.e. autumn. containの目的語は ″something″と ″more″. presides at the fall of leaves 「落葉を司っている高い空」が「落葉」を眺め下ろしている様を議長等が上座で司会しているのに譬えたもの。Cf. ″preside at a meeting″(会を司会する) air =breeze, light wind. breath=light current of air. 「風のそよぎ」sidle「斜行する、にじり進む」on their going downward=as they go dowrd. ″going″は動名詞で、″downward″はそれにかかる副詞。that which is not void to them「木の葉にとっては虚ではないもの」とは「空中」のこと。つまり、空中は、人間にこそ空虚かも知れないが、落葉にとっては、あたかも魚が水の中を泳ぎ、人間が道を行くようなもの、という理屈。″that which″=what.″void″=empty, vacant. and touching=and they touch. imperceptibly「それと知れぬほどそっと」<'perceive'(知覚する) the earth with which they are to mingle「木の葉と一緒になることになっている大地」'mingle with'は、ただ、「混じる」というよりも、木の葉と大地が擬人化されていて、「付き合う、交際する」という気持ち。'be+to-Infinitive'は、ここでは″予定″を表す。Ex.‘ We are to meet at six. ’(6時に集まることになっている。)salutation「会釈」<‘salute’(に挨拶をする) and [is] even more..."even"=still, yet.比較級を強める。discreet「(行動・言葉が)慎重な」>‘discretion’(慎重) caress「愛撫」

 

青木常雄『英文解釈の研究』

Whoever has to deal with young children learns that too much sympathy is a mistake. Children readily understand that an adult who is sometimes a little stern is best for them ; their instinct tells them whether they are loved or not , and from those whom they feel to be affectionate they will put up with whatever strictness results from genuine deire for their proper development.

 

 本問も第一文が Key Sentence となる。だからまず第一文を征服し、その上でその内容を頭に入れて第二文を以下を読む練習をしよう。

 第一文 Whoever has to deal with young childrenまでが主語。「小さな子供たちを相手にせねばならぬ人は誰でも」。例えば母親とか、乳母とか、幼稚園の先生とか。learns = comes to know = 「知るようになる」。learns that too much sympathy is a mistake. この名詞節はlearnsのObjectだ。「あまり多くの同情は誤りだということを(知る)」子供は可愛がってやるがよい。同情も必要だが、同情も過ぎては誤りだ、とさとるのである。さてその続きは?

 第二文の前半は Children readily understand that an adult who is sometimes a little stern is best for them ; 迄だが、これは前文の要旨「子供に対してあまり同情し過ぎるのは誤りだ」の理由らしい。細かに調べてみよう。Children readily understand「子供たちはすぐに了解する」。何を了解するのか。that...以下のことを了解するのだ。

 全体は「子供たちは、時には少し厳しい大人が彼らに一番ためになるということを容易に了解する」となる。なるほどこれは「子供に過度の同情は誤りだ」の理由の一つだ。さて後半はどうだろう。

 後半は instinct tells them whether they are loved or not で始まっている。まずこの部分の意味を確かめよう。これも第一文の所説の理由と見られるだろうか。their instinct tells them whether they are loved or not の斜体の部分は名詞節で、tells の直接目的。「子供たちの本能は子供たちが愛されているかいないかを子供たちに告げる」。自分達が愛されているかいないかを、小さい子供たちは本能で知るのだから愛されていると思えば、少しぐらい厳しくされても何とも思わない、というのであろう。ここまでは第一文の論旨が通っている。さて最後が本問の「山」である。落ち着いて読まないとやり損う。

 最後の部分は and from those whom they feel to be affectionate で始まっているが、 and は「そして」でよいか「だから」の方がいいか。先を読まぬと判断がつかぬ。affectionate = full of affection = 「愛情豊かな」。those whom they feel to be affectionate = 「子供たちが愛情豊かだと感じる人たち」すなわち「子供たちが自分達を愛してくれると思う人たち」のこと。 put up with ~は「~を我慢する」。何を我慢するというのだろう。whatever strictness results from genuine deire for their proper development がそれだ。この Noun Clause が put up with のObjects なのだ。落ち着いて考えなくてはいけないと言ったのはここのことだ。何度も繰り返して読んでみる。単語としては strictness = 「厳格」「きびしさ」。results (from~)はPredicate Verbらしいが、主語は何だろう。strictness だろうか、whatever strictness  だろう。whatever は複合(または合成)関係代名詞だろうか、複合(または合成)関係形容詞だろうか。genuine desire = true desire. 最後のproper  development は「適当な進歩・発展」か「正しい成長」か。何といってもwhatever が難しい。少し横道に外れるが、次の諸例を見よ。

 cf.  a) l read whatever is interesting.

          b) l read whatever book is interesting.

 a)のwhatever は関係代名詞で anything that と言い換えられる。だから l read whatever is interesting .= l read anything that is interesting. = 「私は面白いものなら何でも読む」。

 さて本問の whatever strictness results from... はb)の whatever book is interesting と形が似ているから、関係形容詞と考えて言い換えてみると、whatever strictness results from... = any strictness that results from...「...から来るところのどんな厳しさでも」。これでよさそうだから from those whom they feel to be affectionate から終りまで訳してみると、「子供たちは、子供たちを可愛がってくれると感じる人たちから子供たちの正しい成長への真の願望からくるどんな厳しさでも我慢するだろう」となるが、このままでいいだろうか。from はいつも「から」とばかり訳さず工夫することが肝要だ。From the look of the sky, we shall have rain this afternoon. なら「空模様から判断すると午後は雨だろう」となるように。本問の from those whom they feel to be afectionste は「子供たちを可愛がってくれる人たちからならば」とするといい。その前のさっき預かっておいた and は「だから」が適訳。

【試訳】幼い子供たちを相手にせねばならぬ人ならば誰でも、過分の同情は誤りだと知る。時々少し厳しくしてくれる大人が子供たちに一番ためになるということを子供たちは容易に了解する。子供たちの本能は、子供たちが愛されているかいないかを子供たちに教える。それだから、子供たちを可愛がってくれていると子供たちが感じる人からなら、子供たちの正しい成長を真に望んでの厳しさなら、どんな厳しさでも我慢するだろう。

この書籍は、全体の内容をよく考えて訳しているところが他の書籍と違うと思う。