小西友七・酒井健三『英文解釈の着眼と工夫』

 『英文解釈の着眼と工夫』の著者である小西友七は、『ジーニアス英和辞典』や語法の研究で有名である。その『英文解釈の着眼と工夫』は、その名の通り英文解釈の着眼点と英文和訳の工夫について記述されている。

研究問題69.  The idea that the poor should have leisure has always been shocking to the rich. In England , in the early nineteenth century, fifteen hours was the ordinary day’s work for a man; children sometimes did as much, and very commonly did twelve hours a day. When meddlesome busybodies suggested that perhaps these hours were rather long, they were told that work kept adults from drink and children from mischief. (B. Russell)

【語句の研究】leisure=idle time, time free from employment. shocking「けしからぬ,不都合な」as much「同じだけ」ここでは15時間。 meddlesome 「お節介な」ーcf.meddle「干渉する」busybody「お節介な人, でしゃばり」adult=grown-up「大人」mischief 「いたずら」ーcf.mischievous「いたずらな」

【構文の研究】

① that the poor (people) ... leisureはideaと同格の名詞節。

② children sometimes did as much (work) の did はworked の代動詞。a day の a は per 「~につき」の意味。

③ and (kept) children from mischief と補って考える。

【解釈の工夫】

① the poor should have leisure は「極貧余暇を持つべきだ」とalso の意味を補って訳す。

② suggest をいつもとぐらい「暗示する」と訳すのはまずい。ここでは「言い出す」ぐらいよい。時には「提案する, 申し出る」などと訳すときもある。

【訳】貧乏人も余暇を持つべきだという考えは、金持ちにとってはいつもけしからん考えだった。イギリスでは、19世紀初期には、大人にとって15時間が普通の1日の仕事をする時間だった。子供でも時には大人と同じくらいの仕事をしたし、1日12時間働くのはごく普通のことだった。お節介なででしゃばりがな人がこんな時間は長過ぎるのではないかと言い出した時には、仕事をしていれば大人はお酒を飲むことを控えるし、子供はいたずらをしなくなると言い返された。

 【構文の研究】では上手く構文を叙述し、【解釈の工夫】ではよく英語と日本語の違いを説明している。また、日本語訳も適切である。日本語訳が適切であるのはよく原文の意を汲み取り、丁寧に日本語に訳しているからだと考えられる。

 英文を英文のまま理解する事は大切であるが、英文を適切で100%正しい日本語に訳すことに多くの時間をかけることはとても大切であると思われる。

 

 

 

フェルマーの最終定理(日本語訳)  

Andrew Wilesのフェルマーの最終定理の論文の日本語訳を書きたいと思います。

 

Annals of Mathematics 141 (3): 443-551

                             Modular elliptic curves

                                             and

                             Fermat's Last Theorem

(モジュラー楕円曲線フェルマーの最終定理

                 By Andrew Wiles                      

Cubum autem in duos cubos, aut quadratoquadratum in duos quadratoquadratos, et generaliter nullam in infinitum ultra quadratum potestatem in duos eiusdem nominis fas est dividere :cuius rei demonstrationem mirabilem sane detexi. Hanc marginis exiguitas non caperet.

                Pierre de Fermat  

 立方数を2つの立方数の和に分けることはできない。また、4乗数を2つの4乗数の和に分けることはできない。一般に、冪が2より大きいとき、その冪乗数を2つの冪乗数の和に分けることはできない。私は、この定理に関して、真に驚くべき証明を見つけた。この余白はそれを書くには狭すぎる。                                                          ピエール・ド・フェルマー                                    

 もし任意の Q 上の楕円曲線が、X_{0}(N)\ からのモジュラー曲線によって有限被覆であるならば、任意のQ上の楕円曲線はモジュラーであると言われている。任意のそのような楕円曲線は、そのハッセ・ヴェイユのゼータ函数が解析接続し、一般の函数方程式を満たす性質を持つ。(私達がj-不変量はモジュラーであるという場合において)もし与えられるj-不変量の任意のQ上の楕円曲線がモジュラーであるならば、同じj-不変量の全ての楕円曲線はモジュラーであるということは簡単である。1950年代と1960年代に志村と谷山の研究に起因する有名な予想は、全てのQ上の楕円曲線はモジュラーであるというものである。しかし、その予想はただ1967年のヴェイユの書籍で(興味深い読み物の練習問題として)[We]広く知られるようになっただけだった。その書籍の中でさらにヴェイユは、その予想に対して概念の根拠を与えた。それは多くの場合で計算の上で検証されたが、その結果がこの書籍に記載される以前は、ただ有限個のj-不変量がモジュラーであると知られていただけだった。

 1985年にフライはこの予想はフェルマーの最終定理を含むという注目すべき論文を出した。その二つを関連付ける正確な論理は、ε-予想としてセールによって定式化され、それからこれは1986年の夏にリベットによって解決された。リベットの結果はただフェルマーの最終定理を演繹するための半安定の楕円曲線の予想を解決するためのものを必要とする。

 楕円曲線の研究の為のアプローチは、楕円曲線にするガロア表現によっている。ρpがQ上の任意の楕円曲線のp等分のGal( ¯Q/Q)の表現であると仮定し、しばらくの間ρ3を既約と仮定する。3の選択は重要である。なぜなら、ラングランズ・タネルの重要な定理が、もしρ3が既約ならば、ρ3もまたモジュラーであると証明しているからである。ρ3が3で半安定であると仮定の下、他の素数で、ρ3の分岐で弱い制限写像と一緒に、ρ3の全てのリフティングはモジュラーであると証明することによって進む。これを証明して私達は可換環論からよく知られているタイプの類数問題へと新しい議論の問題に関連づける。そして私達は[TW]の論文の助けを借りてこの問題を解決する。これは、Eがモジュラーであることは、関連した3進数の表現がモジュラーであることの必要十分条件として知られているので、Eのモジュラー性質を証明するのに十分である。