CLASS FIELD THEORY 類体論講義 シュヴァレー

シュヴァレーの類体論の講義を日本語訳したいと思います。類体論は、ヒルベルトから始まり、高木貞治により研究され、アルティンに受け継がれたとても大切な理論だと思います。

 

                            Introduction 

 

 これらの講義の目的は、聴講者に類体論コホモロジーの方法の使用を紹介することだった。

 類体論とは、代数のK体の可換非分岐拡大とKのイデアル類の群の間に存在する関係で、最初ヒルベルトによって発見された。ヒルベルトの結果は、殆ど推測の方法で、その上、ヒルベルトは、殆ど全てのKのイデアルは「絶対類体」(単項イデアル定理)となるという定理、今、基本的な現象としてより主定理の当然の結果として現れているということに対して興味を持っていたように思われる。厳密的な意味においての類体論は、高木とアルティンによって作られた。

『思考訓練の場としての英文解釈』について

『思考訓練の場としての英文解釈』はよくいいと言われるが、訳文に問題があるように思われる。

Indeed, most of us are little more than bundles of habits neatly done up in coat and trousers.

実際我々は大抵、習慣を束ねて出来上がった藁人形が洋服を着てズボンをはいて乙に澄まし込んでいる、といった所がまず実情である。

これは、

実際、私たちの殆どは、上手くコートとズボンで着飾った習慣の塊でしかない。

となるのではないだろうか。

 

シェイクスピア『ハムレット』"To be, or not to be―that is the question; "

シェイクスピアの『ハムレット』に

 To be, or not to be―that is the question;

とあるが、このbeは、デカルト

 cogito, ergo sum.

のsumやアウグスティヌス

"Quid si falleris. Si enim fallor, sum. Nam qui non est, utique nec falli potest; ac per hoc sum, si fallor. Quia ergo sum si fallor, quomodo esse me fallor, quando certum est me esse, si fallor."

のsumに当たり、「(私が)存在する」という意味で「(私が)存在するかしないかーそれが問題だ。つまり、」という意味だと思います。セミコロンもきちんと訳すことも大切だと思われます。坪内逍遙が生きるか死ぬかと訳したのは日本語過ぎますが、少しは妥当な訳だと思います。また、坪内逍遙は哲学的に訳したのではなく、現実的に訳したので、ここの訳を哲学的というのは勘違いだと思います。

清成孝『英文解釈一日一題』

清成孝は、成田成寿と『絶対英文法』を著していて、この『英文解釈一日一題』は、大変よく出来ていると思う。

(1) High above the city, on a tall column, stood the statue of the Happy Prince.  He was gilded all over with thin leaves of fine gold, for eyes he had two bright sapphires, and a large red ruby glowed on his swordhilt. (O. Wilde : The Happy Prince)

[解説]  英文解釈にあたってまず第一に大切なことは、「何が」「どうした」という関係をはっきり掴むことである。「何が」は主語、「どうした」は動詞によって表されるが、主語がいつも文の始めにあるとは限らない。文を読む場合には、「何がどうしたか」を常に念頭において、文の始めから、書いてある順序に従って理解するように努めることが大切である。

 次に文の語順にっ従って上の文を考えて見よう。

(第一文) High above the city「市街の上に高く」on a tall column「高い円柱の上に」stood「立っていた」ここまで読むと「何が立っていたか」という疑問が残る。その疑問に答えるのが次に来る主語 the statue of the Happy Prince 「幸福な王子の像」である。こうした語順の文と、普通の主語+動詞で始まる文との読者に与える印象の相違を考えて見れば、文の語順の意義と、その語順に従って理解することの大切なことが分かると思う。

(第二文) He was gilded「彼は金箔を被せられていた」状態を表す。「金箔を被せられた」という受身の動作ではない。gilded は形容詞と考えられる。all over「すっかり、全身の残らず」with thin leaves of fine gold「純金の薄い箔で」for eyes「眼としては、眼には」he had two bright sapphires 「彼は二個のキラキラ光るサファイアを持っていた」and「そして」a large red ruby「大きな赤いルビーが」glowed「輝いていた」on his sword-hilt「剣の柄の上に」

[訳例] 市街の上に高く、高い円柱の上に幸福な王子の像が立っていた。純金の薄い箔を全身に被せられていて、眼の代わりには二つのキラキラしたサフィアが付いており、大きな赤いルビーが剣の柄に輝いていた。

 日本語でもそうであるが文章上倒置を教えることや、説明が繁瑣であることが問題であると思うが、説明が詳しく訳もよく出来ていると思われる。今日英文解釈にあたって伝統の様なものがこの文章を読むと途切れているのではないかと思う。

 

 

河村重治郎・吉川美夫『英単語熟語練習』

河村重治郎の著書に『英単語熟語練習』という書籍があり、その中に「英文解釈の方法」というものがある。参考になると思われるので、記載したいと思う。

         英文解釈の方法

 読者は本書によって単語・熟語の研究が十分出来たとして、次にこれを英文の解釈に役立てなければ何の益にもならないのである。ここで我々は英文は如何に解釈されるべきものであるか、その正しい方法について語る必要を感ずるのである。

 そもそも英文は読んでそのまま理解されるべきである。一度文を読んでみて、それからゆっくり様々な順序で語句を辿りつつ意味を考えるべきではないのである。多くの人は「訳」ということと、「解釈」ということを混同しているが、これは非常に悪い誤りである。英文を解釈する時には、訳ということは全然考えるべきでものではない。大事なことは意味を取ること即ち内容を理解することである。意味を取る方法が解釈法である。これは我々が機会あるごとに唱導している方法であるが、我々はこれを直解式解釈法と名付けている。多くの人は問題を見ると先ず下読をするのであるが、我々に取ってはこの下読というものがない。文頭の第一語から解釈の努力が始まるのである。それで我々は問題の全文を始めから示されなくとも、何等苦痛を感じないのである。我々は英文を読み、英語を聞く時に、一語一語一句一句、読むままに又聞くままに、文意を脳裏に把握するのである。その点日本語を理解する場合と少しも異なることがない。これが最も正しい英語の解釈法であり、又これ以外に英語の解釈法はない筈である。受験生であるからといって、別に特殊な英語解釈法を求める理由は毛頭ないのである。何故ならこれは最も正しい方法であるのみならず、又これ程簡易な又応用し易い方法は他に無いからである。我々は次に実演的にこの英文解釈の方法を示そうとしているのであるが、諸君はよく一語一語一句一句に対し、我々の頭が如何に働いて文の意味を取って行くかに注意し、この方法をの真髄を理解するよう努められたい。

 Moreーこれだけで正しい考えを纏めることは容易ではない。もう少し続けて読む。

 More has been addedー「もっと多くが加えらえた」「もっと多くのことが加えられた」。現在完了には、「今迄に」「今もその加えられたものが残っている」等という心持が表されている。さて、addは自動詞にも他動詞にも用いられるが、自動詞の時は、add to...として「・・・を増す」の意味であるが、他動詞としてはadd A to B で「BにAをみたす」の意味である。「もっと多くが加えられた」という以上「何に」という事が当然頭の中に来なければならない疑問である。次に「もっと加えられた」という以上「何に」という事が当然頭の中に来なければならない疑問である。次に「もっと加えられた」という以上「何よりも」という事も当然考えられなければならぬ事である。又「何に依って」加えられたかという事も思い浮かぶであろう。そうするとこの書き出しに依って我々はこの文章に対して大体次の想定をすることができる。

 「Aに依ってよりもBに依ってXに尚多く加えられた」

 「Yに加えられたよりもXに尚多く加えられた」(何に依って?)

 文の解釈は敵軍の征伐と同様だと我々が前に言った言葉は、こういう風に数語の意味から全文の意味に対する想定を立てつつ、解釈の鉾を進めて行くことを指したのである。

 併し人間の考えは実に多種多様を極めるものであるから、今我々がこう想定した事が時に外れないとも限らぬ。その時には又その時の態度を決めることにして、兎に角次の語句に進んで行こう。

 to the sumー「総計に」。何の?

 of humman knowledgeー「人間知識の」(総計に)。これで大体の意味が落ち着いた。即ち先に我々がXとして置いたものがthe sum of humman knowledgeとして表れて来た。この文がこれから如何に発展して行くか、次の語句に就いてこれを見よう。

 in most of the sciencesー「大多数の科学に於ける」(人間知識の総計)。「人間知識」を一層正確にした句である。

 during the first quarterー「始めの四分の一に於いて」(もっと多くが加えられた)。加えられた時期を指す。「始めの四分の一」とは何の?

 of the twentieth centuryー「二十世紀の」(最初の二十五年間に於て)。

 than in any whole century previous,ー「以前の如何なる全世紀(=満百年)に於けるよりも」(尚多くの事が二十世紀の最初の二十五年間にXに加えられた)。A=any whole century previous, B=the first quarter of the twentieth centuryである。ここでcomma があって文が中断されることを示している。

 and,ーこのcommaは何を示すであろうか?普通なら全く不要なものである。無論これは次に挿入句の存在を示す目印である。路傍に立っている「この先き左へ急カーブあり、注意せよ」の信号標が多くの自動車運転手の心を引き締めるように、このcomma は我々の心に大きな意味を伝えている。

 what is more importantー「見地から」(もっと重大な事に)。

 of the historianー「歴史家の」(見地から...)。このcommaは挿入句の結末を示すもので、これから本当にandに続く部分が出てくる筈である。それは恐らくこの文の前半に対する一個の文ー主語・述語を具えたーであるであろう。

 all the sciencesー「凡ての科学は」。どうした?

 have been...?ー受身になって来るか、進行形になって来るか、それとも形容詞又は名詞が続いて「・・・であった」となるか?

 have been more quicklyーまだよく分かって来ない。比較が表れて来たから後にthan...と来るだろう事が予想される。

 have been more quickly and extensivelyー「もっと速かに又広く」

 have been more quickly and extensively appliedー「もっと速かに且つ広くapplyされて来た」。これで兎に角文意が落ち着いて来た。apply には二三の異なった意味のある事は本書で学ぶことであるが、ここでは受身であるから勿論他動詞の場合にはapply  A to B で「AをBに応用する」の意味である。当然次にto B が予想される。それからthan...の来ることも忘れないでいよう。

 to daily lifeー「日常生活に」(応用されて来た)。

 than ever beforeー「曾て以前よりも」(尚速かに且つ広く)。最後のperiodと同時に我々は此処に全文の解釈を終わったのだ。

 More has been added  to the sum of human knowledge in most of the sciences during the first quarter of the twentieth century  than in any whole century previous, and, what is more important from the view-point of the historian, all of  the sciences have been more quickly and extensively applied to daily life than ever before.

 大概の科学に於る人智の総和は二十世紀初頭に於る二十五年間に於て、過去の如何なる百年間に於るよりも多く増加された。そして歴史家の見地からもっと重大なことに、凡ての科学は今迄の如何なる時代よりも一層急速に且つ広汎に人間生活に応用されて来た。

この演習によって諸君は単語の知識と語法・構文法の知識とが如何に相互に助け合いつつ、英文が解釈されて行くべきものであるかを、充分悟られた筈である。

 

河村重治郎は、日本人の様に二、三度全体を読んで文の意味を考えるのではなく、又、今の直読直解とは少し異なり文章の構造や意味を考えながらある纏まりのある文を読んでアメリカ人の様に文章を読んでいるようである。事の当否はともかく参考になる考え方であると思う。

河合茂『錬成英文解釈』

広島高等師範の河合茂の英語の学力は、卓越していると思う。広島高等師範の人間のほとんどがそうである。著書も見るべきものがあるように思われる。

Most people, when they are left free to fill their own time according to their own choice, are at a loss to think of anything sufficiently pleasant to be worth doing. And whatever they decide on, they are troubled by the feeling that something else would have been pleasanter.

  a. Most と a most の区別を問う。

  b. are at a loss の Subject を言え。

  c. whatever, whoever, however, etc. の -ever で終る    語は常に-[eve ]にアクセントがある。

  e. that 以下のClause はどのような役目をしている         か。又、that はどの様に訳すか。

  f.  なぜwould have ・・・の形を取っているか。

〔訳〕大抵の人々は、自分の好きなままに時間を過ごしても差し支え無いように許されると、するだけの価値のある程十分愉快な事を思い付くのに困ってしまう。そして、どんなことをすることに決めても、何か他のことをした方が一層愉快だったろうという感じに悩まされる。

Most conquests have been from north to south.

大抵の征服は北から南へ向かってなされた。 

You are free to go or stay.

行くも止まるも君の自由です。

The machine works according to physical laws.

機械は物理的法則によって動く。

I was at a loss what to do.

私は何をなすべきか当惑していた。

Everything worth having is different to get.

持つ価値があるものなら何でも手に入れることは難しい。

The story is worth hearing.

その話は聞くだけの価値がある。

〔注〕Most people 大概の人々。これは are at a loss に続く。are left free to・・・する自由な状態に置かれる。→勝手にして差し支ない。according to their own choice 彼等自身の選択、choose (動)選ぶ。accoding to に応じて。at a loss 当惑して。to think of 思い付く。of に注意。sufficiently 十分に。be worth dong なす価値のある。whatever they decide on は、Adverv Clause で譲歩を表す。「何に決めても」decide on 決定する・決意する。feeling と that 以下のClause は同格、that は「という」と訳す。something else もしそれ以外の何事(かをなしたならば)、仮定の意味を含んでいるので、would have ・・ ・ で受ける。

日本人が英語を不得意とする要因の一つに英文を読む絶対量と英語に対する知識の欠如、そして、未知の英単語の多さと学生の時からアメリカ人が読んでいる英文に接しないからだと思う。

 

中西信太郎『英文解釈の方法』

中西信太郎の『英文解釈の方法』は、欠点が全く皆無なほどよく出来ていると思う。

例題[8]

He who would do some great thing in this short life must apply himself to work with such a concentration of his forces as, to idle spectators, who live only to amuse themselves, looks like madness.

着眼と考え方 ①He...must apply himselfと続く。Heにwho would do some great thing in this short lifeという形容詞節がついている。

②He who would do...「~しようと望む人は」Heはある特定の人を指しているのではなく、一般の人を指している。would=wish to「~しようと望む」の意味であることに着眼。

③apply himself to work「仕事に精励する。仕事に打ち込む。」workは名詞。

④with such a concentration of his forces as…「~くらいに力を集中して」such~asを見逃さぬこと。

⑤as…looks like madness「~には狂気に見えるような」

⑥to idle spectators「怠惰な傍観者には」looks にかかる。

⑦who live only to amuse themselves「ただ面白く遊ぶためだけに生きている」spectators を修飾する。

[語句]

apply oneself to 「~に身を入れる」: He apply himself closely to the study of English.「彼は熱心に英語の勉強をした。」

consentration「集中」<consentrate(v.)アクセントの位置を間違いやすいから注意。

spectator「見物人; 傍観者」

amusement「娯楽」

(訳) この短い一生の間に、何か偉大なことを成し遂げたいと望む人は、ただ面白ろおかしく遊ぶためにだけ生きている怠惰な傍観者には狂気と思われるほどに力を集中して仕事に精を出さねばならない。

説明は適切で、他の誰よりも上手く訳していると思う。英語もやはり第一人者の先生について学ばなければならないと思う。